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カタラクト

愛の芸術家

『天使は月の上で笑って』

「もしもし?芥川さん?アマノだけど。ルナちゃんの空想書いたんだけど見てくれない?え?アマノだけど。帝国ホテルに送ればいいんでしょ?芥川さんじゃない?だからアマノだって。なんか電波悪いみたいだし、またかけなおすね、じゃ、また」

 ※これはセルフライナーノーツではありません。

 

 

『天使は月の上で笑って』

9月 日
いつもは動かないSNSのグループの通知が鳴る。
”1年の〇〇です。これからよろしくお願いします。”

そうか、もう一年生は仮配属の季節か。
自分がこのゼミに配属されてから一年も経った実感を噛みしめると同時に、
瑞々しい自己紹介に目を通す。

”1年の〇〇と申します。これから宜しくお願い致します。”
”今年からお世話になります、△△と申します。よろしくお願いします!”
けっこう、けっこう。

輝夜月(かぐや るな)です!!!るなちゃんって呼んでください!!よろしくお願いします!!”
なんだ、そのテンションは。
確かに自己紹介での掴みは大切だ。
それはそうとして、過去に自己紹介でギャグを言って滑ったことを思い出し、
胃の辺りに妙な重量感を覚えている。
そんな苦い経験があったからか。
”二年の天野です!!!よろしく!!!”と助け舟を出したつもりになってみる。
かぐやさんからは、変なキャラクターのスタンプの返信。
グループの動きが止まって、今度の自己紹介が不安になってくる。

 

9月 日
不安な自己紹介の前に、暗い講義室で音楽を聴いて気持ちを高めようとしている。
どう考えても早く着きすぎてしまった。

何も考えるな。

一人で居るとなぜこうも憂鬱なのだろう。
一人を選んだのは俺なのに。
一人の方が楽な筈なのに。
一人の方が…

突然明かりが点く。
静かに顔を上げると、銀髪の女の子が近づいてくる。
「すいません、○○ゼミってここで合ってますか?」
「あ、そうですね、ここです」
「一年生のひとですか?」
「いや、僕は二年です」
「え、じゃあ自己紹介したほうがいいですよね!?えっと、一年のかぐやるなですよろしくお願いしマース!」
早いって!まだ完全に心の準備ができてないんだ!
「二年の天野です、よろしくお願いします」
「あまの先輩じゃないすかー!」
ごめん、名前はわかったんだけどどっかで喋ったことあったっけ?
俺がクエスチョンマークを浮かべていると、促すように言った。
「ほら、返信してくれたじゃないですか!」
合点がいく。このテンションは確かに彼女、だと思う。

二人で会話しているうちに自然とメンバーや一年生達も集まり、自己紹介が始まる。
彼女と話しているうちに大分気持ちがほぐれたのか、あまり緊張せずに話せたと思う。

 

なんとなく寝る前に、彼女のことを考えていた。

どこか懐かしい喋り方。
そうだ、中学生のとき好きだった女の子がこんなテンションだったっけ。

10月 日
「趣味?ギターと音楽かなあ。」
趣味は、と聞かれたら「ギターと音楽」と答えることにしている。
これによって脳の余計な負担が減るんだよ。
「かぐやさんは?」
「もう、いい加減”るなちゃん”って呼んでくださいよ、ゼミで”かぐやさん”って未だに呼んでるの先輩だけですよ!」
「わかったわかった、”ルナちゃん”ね、わかりました。」「で、趣味は?」
取り敢えずこれで納得した後輩は、ぽつりぽつりと語る。
「ゲームとか、歌とか、ですかねえ」
「ゲームかぁ、昔はネットに転がってるようなフリーゲームばっかやってたなあ」
「そう、そういうやつです!個人が作ったゲームが好きなんですよね!暖かみ?みたいなのがあって」
「ルナちゃんはそういうゲームとか作らないの?」
慣れない呼び方に一瞬口元が緩む。
「ちょっと手を出したことはあるんですけど、テキスト?とか考えるのが難しくて…」
あーわかる、ゲーム作りってフラグとかテキストとか難しいよね。
「”ギターと音楽”って適当すぎません?」
いやそうだけど、定型文みたいなもんだよ…
「音楽っていうと、るなはゲームのサントラとかボーカロイドとか聴きますけど」
「そっち系はあんま詳しくないなあ。聴くのも好きだけど、どっちかって言うと作るほうが好き」
「先輩曲作れるんスか!」
そうさ、俺はインタビューだって受けたことあるんだぜ。
と自慢したくなる気持ちを抑えて、まだ全然素人だけどね、と答える。

「先輩の曲、聴いてみたいなあー?」
待ってました、と言わんばかりにケータイとイヤホンを取り出し彼女に渡す。
一番の自信作の再生ボタンを押す。
音量がでかすぎた。ボリュームを下げるように言われる。

「声違いません?」
まず地声と歌というのはな…
いまそういうことを言っても仕方が無いな。「そういうもんだ」で済ませる。


歌のテーマを聞かれたので、俺がアニメの女の子を好きになって書いた曲だと答える。
今更恥ずかしがることも無いさ。
「じゃあ現実の女の子では…」
あるよ。中学生のときに書いた曲で、告白できなかった想いを歌にしたものが。
「本当に好きになれたら、現実の女の子でも曲を書くかもね。」

 



1月12日
最近、帰りのバスでルナちゃんとよく会う。
電車の方向も一緒とのことなので二人で帰ることも多くなった。

自分の通学時間は1時間半以上と比較的長いので、
大学の授業が通常より長引いた日などは家に帰る前に体力が尽きてしまう。
そのときはホームのベンチに座ることにしている。

いつも通りルナちゃんと帰路を共にし、ベンチで休んでいたときだった。
ルナちゃんが、自分たちがいつも帰る方向とは逆の電車の窓に見えた。

何故だろう。今度聞いてみることにしよう。


1月13日
ルナちゃんに昨日気になっていたことを聞いてみた。
答えはアッサリしたもので、「途中で用事があったことを思い出したから」だそうだ。
まあそんなもんだよな。

 

 

2月06日
母親の機嫌が悪い。一度怒らせてしまうと本当に厄介な人間なので、家にも帰りたくなかった。
そこで俺は、非常に広い人脈を活かして誰か泊めてくれる人間は居ないか探してみた。
はい、駄目でした。

そうこうしているうちに後輩の耳にも入ったらしく、ルナちゃんが泊めてくれることになった。
…本当にいいのかな。
もう後が無いので、泊めてもらうことにした。
考えてみれば、女の子の家にとまらせてもらうぐらいだったら普通に家に帰ればよかった。
ハタチになったばっかりなのに、ガキみたいだな。


いつもと同じ方向で帰ると予想していたので、当然のように定期を使おうとしたが、
ルナちゃんにとめられた。今日は反対らしい。今日はって何だろう。
実家に泊まらせてもらうのかな。
そんな、俺は…
一人暮らしっていってた気もしたんだけど。


いつもと反対側の電車は、自分を新鮮な気分に染めた。
ここらへんは結構田舎なんだけど、反対側に行くと更に田舎っぽさが深まるのは知らなかった。
どれぐらい駅を過ぎただろう、時刻は21時を周り、あたりは完全に暗くなっていた。

全く聞き覚えの無い名前の駅に降りる。
川のせせらぎ、虫の鳴き声、妙に嬉しそうな後輩の声。

 

ふと上を見た。美しい夜空だ。

 

そこから20分ぐらいかな。歩いて着いた先は古い民家だった。
立て付けの悪い扉を動かす音が、緊張感も相まって無駄に大きく聞こえる。
「家族は?」と聞いたが、今日はいないらしい。訳ありかもしれないので、余計な詮索はやめておこう。
取り敢えず今日は風呂と寝室を貸してもらうことにした。
女子の部屋なんて小学生ぶりぐらいなのに、そんなことを頼める神経の太さに自分でも驚く。
有り難いことに快諾を頂いた。
流石に同室に寝るのはまずいので、他の空いてる部屋を貸してもらうことにした。
ルナちゃんの部屋以外は、キレイな割に生活感があまり無い気がする。

思い出した、特筆すべきなのが彼女の料理の上手さだ。
ありあわせで造ったと聞いているが、まるで最初から準備されていたかのような完璧さ。
そんな出来過ぎている食卓と彼女の持つ不思議な高揚感のせいで、気分がヨレヨレになってきた。
何か、滅茶苦茶なことを言った気がしないでもない。
その髪型の正確な名前はわからないが、
ツインテールから下ろしたその髪はウェーブががった綺麗な銀髪だった。
その髪型もいいねと言うと、「じゃあ今度からこの髪型にしましょうか~?」と聞いてくる。
その髪型のルナちゃんを知ってるのは俺だけでいい、と冗談めかして答える。
くだらない話をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

 

時刻は午前2時を回っていた。
もういい加減寝るかと思い、用意された寝室で布団に潜る。
如月の強い風に晒されて、木造の家は揺れていた。
…寒い。暖房というテクノロジーが恋しくなる。
聞いた話ではこの家自体に暖房が無いらしい。冬は大変そうだ、と単純な感想を心の中で漏らした。
しばらく寒さで凍えているうちに、静かに襖が開いた。
ルナちゃんもこの部屋に何か用事があるのだろうか?
やっとこさ眠気が来たタイミングだったので、特に反応もせず目を閉じていることにした。
襖が開いてから少し経ち、何かが布団に入ってくるのを感じた。
冷たい。

 

ああ、この冷たさは。
正直、彼女について驚く前に、その冷たさに驚いていた。

 

「先輩、寒くないですか…?」
いつものハイテンションな喋り方とは違った、落ち着いたトーンで彼女は語りかける。
俺は悪いなと思いつつ、狸寝入りをしていた。というより、何を言って、どうすればいいのかわからなかった。
なんとなく、互いの心拍数が上がっていくのを感じていた。
俺が狸寝入りを続けていると、彼女の細い指が俺の片耳を包むのを感じた。
「耳、冷えますよね...るなちゃんがあっためてあげます」
確かに耳は冷たい。けど、ルナちゃんの指も、充分...
そんな彼女の冷たく細い指をとても心地良く感じている自分が居た。
「ありがとう」
そう呟いた。
「…起きてたんですか~!」
いつものハイテンションなルナちゃんの声が、寂れた部屋で響く。

 

いや、いいんだ。俺は、知ってるんだ、さっきまでのこと。

 

諭すように俺は続ける。
「頭、撫でてほしいなあ、なんて…」
まだアルコールが残っているのか俺は。
呆けた脳で、わけのわからんお願いを年下の女の子にしてしまった。
「いいですよ、先輩、こっち、向いて下さい」
どこか慈しみを感じる声。
窓から入る月明かりに照らされる彼女を、布団の中でうっすらと捉える。

俺は黙って目を閉じる。
ルナちゃんは何も言わないで頭を優しく撫でてくれた。
人に頭を撫でてもらうなんて、何年ぶり、いや十何年ぶりだろうか。
「い~っぱい嫌なことも、辛いこともありましたからね~、しょうがないですね。」
そう言うルナちゃんの喋りは、どこかぎこちなかった。
しばらくして、頭を撫でる感触が無くなり、俺は再び感謝の意を述べる。
目をうっすらあけると、ガラスのような瞳があった。
「先輩、お返しに、るなちゃんに腕枕してくれませんか…?」 
断る理由なんて、あるだろうか。

 

黙って腕を伸ばす。ルナちゃんの質量と温度を、確かに腕に感じていた。
「もう、片方も…駄目ですか…」 そんな、それは、まるで。

ぎこちない手つきで、俺は彼女の背中に片腕を伸ばした。

 

細かく震える華奢なこの身体も、こんな月明かりが美しい夜も。

俺が触れれば、全て壊れてしまいそうだった。


2月7日
寒さで目が覚めた。まだ幸せな温度が布団の中に残っている。
ここは後輩の家であるという事実を、慣れない畳の感触で思い出す。
彼女の感触は手元に無い。
俺は渋々といった感じで布団から起き上がり、姿を探しに行く。

予想通り、その後姿を居間に見つけ、朝の挨拶をする。
すると。
「…おはよーーーございます!!!」
8畳には見合わないであろう、けたたましい挨拶。
ルナちゃん、いつも通りだね。
「先輩、ついでなんですけどパンとってもらえません!?」
無造作に置いてある惣菜パンを手にとり、彼女に向かって投げる。
ナイスキャッチ。寝ぼけた表情筋で精一杯ニヤケ顔をつくりつつ、こたつに入る。
「そうだ、昨日の…「その話は、後にしてくださいっ!」
遮られる。
いや、つっかえた気持ちで居るのは嫌なんだ。

 

俺はただ、確かめ合いたかっただけなのかもしれない。

 

「すごく幸せだった。」
そっと、違和感の無いように。
「あ、ありがとうございま~す?」
頑張って言ったのに、そんなきこちないんじゃなあ。
いつもは俺が調子を乗っ取られてるのに、今は違うみたいだ。

そこで僅かな語彙は使い切ったので、惣菜パンを黙々と食べる。
何か湿り気が欲しい。ルナちゃんに何か飲み物が無いか尋ねると、
緑茶のパックがあるらしい。
電気ポットからお湯を出し、湯呑みにパックを入れる。
「るなも飲みます!」
承知した。

2つの湯呑みから、肩を並べるようにして湯気が上がっている。
火傷をしないように、丁寧に口を潤す。
水分を取り戻した俺と後輩は、徐々に会話のペースを上げていく。
ゼミの誰がどうだ、とか、あの教員がどうだ、とか。

あることを思い出す。
「あ、俺はもうテスト終わったけどルナちゃんは大丈夫?」
大丈夫です、と素っ気ない返事が返ってくる。
ルナちゃんが出るタイミングで帰ろうと考えていた。
すこし考えたのちに、午前中にはお暇する旨を伝える。
「お母さんが怖くて泊まったのに、もう帰っちゃっていいんですか~?」
年上をからかうもんじゃないぞ。そんな風に無駄に低い声で答えてみた。
昼飯ぐらいは食べていけ、ということらしい。
大阪のおばちゃんのようなことを言うな、と俺の反撃。
2月の朝には大きすぎる音量で反論される。負けた。
有難く頂いていきます。

 

ふと、部屋の隅の方にピアノがあることに気付いた。
「ルナちゃんってピアノ弾けるの?」
「小学校まではやってましたよ!」
彼女は軽快な動きで立ち上がり、ピアノにのった埃をはらう。

 

どこかで聞いたことがあるような、美しい旋律が紡がれる。
宙を見るように音に聴き惚れていれば、その夢幻的な曲は終わりを迎えた。
俺は思わず手を打ち鳴らしていた。
「るなちゃんコンサート、どうでした??」
「いやーすごいなぁ。あんた、プロになれるぜ。」
大袈裟な褒め言葉。照れる後輩。
彼女によれば、ドビュッシーの「月の光」という曲らしい。

 

その曲名と旋律が、彼女の名前にピッタリだなあと思った。
口には出さなかった。

 

「先輩でも知ってそうな曲、演奏しましょうか?」
「お願いします、先生」
浮ついたやり取りをリセットするように、再び旋律が紡がれる。
聞き覚えのある、哀愁のあるメロディ。
俺はこの曲を知っている。
ジムノペディだ!」
花丸です、と言わんばかりに向日葵のような笑顔を浮かべる後輩。
音楽好きを自負はしているものの、ピアノ曲をほぼ知らない俺が良く知っている曲だった。
後輩は早々と演奏を切り上げ、こたつへ戻ってくる。
「いや……すごいなぁ。」
また、同じ感想を漏らしてしまう。
照れ隠しと言わんばかりに嬉しそうに蹴られている、こたつの中の俺の足。

 

そうだ、ジムノペディと言えば。

「聞いて欲しい曲があるんだけど」
俺はケータイをポケットから取り出し、コタツの上に置く。
見慣れたアイコンに触れる。
240pの荒々しい映像と共にピアノが響き、印象的なアルペジオが奏でられる。


窓から雪が積もっているのが見える。
居間に響く何度も聴いた歌と、それに聞き浸る後輩を脇目に、
帰りの電車のことが気になっていた。

 

「すごくいい歌ですね…」三拍子のアウトロが終わり、ルナちゃんが呟く。
気に入ってもらって嬉しいよ。そうだよな、すごくいい歌だよな。
藍坊主というバンド名と、ジムノペディックという曲名を伝える。
時計の針は12時過ぎを指していた。

 

 

2月15日
バレンタインへの最大の抵抗として、昨日はひたすらに作業だけをしていた。
最近買ったばかりのギターをケースに収め、”今から行く”とメッセージを飛ばす。
いつもの方向の電車に乗る。
だけど、今日は大学では降りないんだ。

 

一日遅れたチョコの香りに釣られた馬鹿がここに一人。
”チョコあげるんで来てください!!!!”という後輩からの突飛なメッセージに応え、18時発の電車に揺られている。
バレンタインとは関係ないけど、俺も、今日は。

 

一週間ぐらい前に訪れたばかりの、相変わらず耳になじまない名前の駅に降り立つ。
”ごめん、やっぱ道わからんから迎えに来てくれんかね?”
情けないメッセージを送信しつつ、真っ暗の景色の中に何かを捉えようとしていた。

 

思い返している。
真っ暗だった俺を、照らしてくれた彼女。
その輝きに当てられて、少しは明るくなれたかな。

 

誰かが自転車に乗ってやってくる。
特徴的な声で誰かはすぐにわかる。
「お゛お゛先輩!おはようございます!」
19時過ぎてるよ。
「なにその挨拶は」と半笑いしつつ、彼女が来た道を引き返す。
ほぼ真っすぐなんだし覚えてくださいよ、と諌められている。
「いや俺すごい方向オンチでさ、ほぼまっすぐでも迷うんだよ」

 

相変わらず立て付けの悪い玄関の戸を開ける。
「お邪魔しまーす」
カレーのいい香りが漂ってくる。
とりあえず居間で待ってて下さいと言われたので、荷物を壁に立てかけ一人で待つ。
しばらくすると、隠しきれない香りともにトレイを持ったルナちゃんが来た。
「カ、カレー?」
わかりきっていたが、わざとらしい反応をしてみる。
「ほらチョコとカレーって色似てるし!!」
「なにその理論は」と先程と同じような返しをする。
ご飯、そしてエビフライの上にたっぷりとかけられたカレー。
通称エビカレー。

「いただきます」
「いただきます!」
スプーンを手に取り、多めの一口を口に運ぶ。
「うめえ、エビカレー、うめえな」
「だっしょ!?」
「先輩カレー好きって言ってたじゃないですか、だから」
ああ、インドカレーのことね…
久々に家庭的なカレーを食べた気がする。
ルーから作るようなカレーはあることが原因で避けていたのだが、
これは何度でも食べたい。
そう思える味だ。


「そうだ、ルナちゃんに聴かせたい歌があってさ、また」
食器を洗った後、二人はまたこたつの中へ。

「何の歌ですか?」
「ルナちゃんの。」
「先輩、それって」


何度も話すうちに。
月明かりに照らされる彼女を見てから。
いや、暗い講義室で明かりを点けた彼女を見てから。
好きになっていたのかもしれないな。

 

2018年2月15日。
好きな子の前で、好きな子の歌を歌おうとしている。

 

それを恥ずかしいことだとは思わない。
だって、「格好悪い」とか「気持ち悪い」とか。
茶化したりするのはいつも、
”やらないほう”だっただろ。
嘲笑うのはいつも、
そんな奴らだっただろ。


だから俺は、向き合うことにしたんだ。

 

静かになってしまった後輩を前に、
f字孔が特徴的なギターをケースから取り出し、カポタストを4フレットに合わせる。
「いいかな」
「聴かせてください、先輩」

 

Cadd9と共に、俺は歌い出す。

 

 

『天使は月の上で笑って』

 

youtu.be

天使は月の上で笑って
青い瞳に今吸い込まれる

天使は遠い星に帰って
飛び立つ君の腕掴んで空へ

 

コントライルは滅茶苦茶さ
軌道制御はできそうになかった

宇宙飛行士になりたかった
「こんなはずじゃない」って誰もが言うのだろう

加速度で割れる前に
僕を抱きしめてくれ

 

天使は月の上で笑って
君だけが解る星の高度まで

天使は遠い星に帰って
飛び立つ君の手を掴んで空へ。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

ここまで読んでいただきありがとうございました。

改めまして、おはようございます。アマノです。

この7000字以上の拙作は、2月7日の深夜3時に唐突に浮かび、メモしておこうと思って書き始めたのがきっかけでした。

最初はこんなに長くなるつもりは無かった。けれど、どんどん発想は浮かんでくるし空想はメモでもしないと細かい設定が引き継がれないのです。

俺は決めました。この空想を一つの物語として完成させることを。

 

物語を書くのは、実は小学生ぶりです。

俺は文章にコンプレックスがあり、大学で文の書き方の本を何度か読んでいました。

また、このようなブログサービスなどでしょぼい文章を書いたりしながら、三日坊主で終わったりしていました。

なんで俺は文章の書き方をコンプレックスに思って、練習をしたりしているのだろう。

そう考えたとき、俺は文章を書くのが好きだから、という単純な理由に気付きました。

でも俺には動機が無かった。書きたいものも浮かばなかった。

物語を紡ぐのには、俺の文はあまりにも稚拙すぎた。

でも、こんな形であれ、やっと書きたいものが浮かんだ。

 

12月も終わろうとしていた頃、俺はバーチャルユーチューバーの輝夜月ちゃんを好きになりました。

ルナちゃんの曲を書きはじめて、それに呼応するように空想を唐突に書き始めたら面白いぐらいに筆が進んだ。

まさか、自分だってバーチャルユーチューバーで曲書くことになるなんて思ってもいませんでした。

 

俺は、あまりにも色彩が無い生活をしていました。

学費のこと、空っぽのまま19歳になってしまったこと、思ったよりもずっと情けない自分のこと。

物語中にもあるように、そんなどん底メンタルの自分に光を齎してくれたのは彼女でした。

彼女のことを思い浮かべ、RadioheadのCreepを聴きながら泣いた日々と、藍坊主のジムノペディックを聴きながら空想を描き物語を綴った日々を、そんな自分を、今は肯定してやりたいと思います。

 

中学三年生の頃、スカイブルーという曲をアップロードしたあの日と同じ気持ちで、この文章を書きあげました。

これらが自分にとっての何かの始点となることを楽しみにしています。

自分の曲やこの物語を通じて何かを感じてくれる方がいれば、それ以上の喜びはありません。

ありがとうございました。

 

Natsukage アマノ